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午前中に介護施設候補のリモート見学。設備も充実して好いところ、だけど入所者はターミナルケアに近い方々が多い印象で、病院療養で下肢状態が回復して比較的安定している父に合うか(父が受け入れられるか)が悩みどころ。次第は次男に任せてたので、私は簡単に感想のみ共有。
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7日に預かった通帳印鑑を返せという父に、貴重品を持ち込むのは病院から禁じられてると伝える埒の開かない押し問答LINE、(転院の際に病院に渡した)下着が見つからない転院の際に気づかないお前らダメだと苦情を滔々と綴るLINE(結局ベッドそばで見つかった)...など父の相手にげんなり。叔母がノイローゼになるのもよくわかる。宮崎市内にナーシングホームの空きがあると転院先病院から紹介あり、そことのミーティングを設定するなど。仕事の合間のこれら対応で一日終わるとぐったり。介護施設については次男に任せることにした。
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13日(月)の朝に宮崎へ飛び、空港でPCR検査してタクシーで実家ワンストップの駅そばホテルにチェックイン。明後日の父転院に備えて明日(転院前日)までに宮崎で検査したPCR陰性証明が必要になるので、雨の宮崎に前々日入りというわけ。翌14日はホテルで終日お仕事。雨の中昼飯食いに出た橘通りのうどん屋で傘盗まれて少し凹む。んで、本番の15日は朝9時前に県病院集合、退院の支払い、転院先への移動からの怒涛の入院手続き。終わったのはちょうど正午頃で、付き合ってくれた叔母夫妻とご飯食べて、空港まで送ってもらう。飛行機出るまで約5時間、チェックインカウンター前の椅子に座ってメール仕事とリモート会議。珍しく定刻運行で、帰宅は22時過ぎ。このときは転院で落ち着くと思っていた。
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「ファイト・クラブ」チャック・パラニューク(池田真紀子
訳)
言わずと知れたデヴィッド・フィンチャー映画の原作。1996年初刊、作者あとがきを追加した改訳新版。積読の山から今手にとって読む気分は、コロナ禍/ウクライナ紛争からのより混沌とした世相がなんとなくあったのかなあ。そも映画は観ていない。後半に至るまでのフィンチャーが好みそうな"暴力と魂の解放"色から、終盤一気にロマンチックな展開になるところが妙味。作者あとがきにある『「華麗なるギャッツビー」を少しだけ現代風にしたものにすぎない』という一言ですべて腑に落ちてしまった。その"あとがき"が、秀逸。数ページのこの小篇のための日本語300ページの本編に映画化があったといってもいいくらい。世の中が変わるに連れ、人生のステージが変わるに連れ、印象が変化する傑作だと思う。
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『ファイト・クラブ』重版までの道、あるいは人生がバグった編集者]
07
5日(日曜日)入りで延岡出張。宮崎空港で叔母夫妻とおちあい、父の通帳・印鑑を受け取る。晩は、重要プロジェクトの二人と延岡で慰労会食。翌日は前日の雨も上がり、午後遅くまでのの労使討議から懇親会を途中で抜け宮崎市内へ。火曜日午後の会議に間に合うよう朝イチ便で帰京の予定が...JALから欠航の通知が入っていて慌てて窓口へ連絡するもコロナ禍につき20時で業務終了の自動返信。19時45分にSMSで連絡して、15分後には対応できませんってどういうことやねん!ともやもやしながら、宿にチェックイン後は東京の叔母と電話して父の今後について相談。翌朝、欠航知りつつ定刻に空港へ。ANAの朝いち便に振り替えますということで、無事午前中に帰京、出社で事なきを得た。
ここのところずっと宮崎発JAL便は遅延欠航に当たり続きで、減便・人員削減・コストダウンで皺寄せきてるんだろうなあ...と実感している。
